【終末を綴る】可哀片コハルの考察記事【1~6話】

第6段


 動画投稿日は、はまさにクリスマスだ。それは終末でも変わらない。記念日を大切にするという (第四段にて発言) コハルは生存者とささやかな祝祭を始める。

偶然拾った絵本とブロックワード

 クリスマスに喜びを感じ、偶然にも拾った、終末前から大好きな本をプレゼントだととらえるコハル。そこまでならば平和一色だが、「お母さん」というワードを言った途端、挙動が明らかにおかしくなる。
 今まで字幕と台詞が一致していた動画内容が、ここに来て破綻。字幕はひたすら「お か あ さ ん 誰 ?」のワードをランダムで映しているが、コハルちゃんの声に耳を傾けると「いつも枕もとで絵本を読んでくれて、寝る前にお休みのキスを」と言っている。

絵本の読み聞かせタイム

 全文書き出しては折角の動画の価値を損ねかねないので、以後の考察は動画を見ていること前提で話を勧めます。コハルちゃんが読み聞かせてくれる絵本なのでリラックスして聞くのも良いし、考察を巡らせながら聞くのもいい。

家庭環境の一端

 動画の最後に明かされる、在りし日の父母のやり取り。関係は良くなく離婚寸前か、離婚前提か。姉妹はここで離れてしまう。


考察

絵本の教訓

 通常、絵本とは子供への読み聞かせ、文字があまり読めない子供が読むための本です。単純娯楽作品というよりも、「教育的」側面があります。教訓と言うべきその要素が、今回の絵本にはありません。
 あるとすれば「家族皆いっしょが良い」「嫌われ者でも人助けが出来る」でしょうか。最終的にハッピーエンドにはなるものの、核家族化するのみで未来の展望が見いだせないのです。綺麗な絵柄の物語ですが、秘める恐ろしさは相当。

コハル・バグ

 今回「お母さん」というブロックワードを発した時、コハルちゃんの挙動が完全に壊れていました。尋常ではない動揺っぷりで、話す内容と字幕が不一致。内容は把握できたものの、母親との思い出が完全にトラウマになっているのでしょうか。

偶然とは

 偶然状況的に欲しい服を拾うのはまあいいとして、偶然自分の大事な思い出が詰まった本を拾うというのは、果たして偶然なのか。

家庭環境の破綻

 絵本とは違い、両親の仲が悪い。しかも暗転で【1/2】と出たあたり、妹は母に連れられ、コハルは父に連れていかれた。これが高校入学前だとすれば、高校生になってからぼさぼさ髪になるほどあれていた理由も多少の説明は尽く。両親の会話からして以前から不仲が続いていた描写があるので、妹と母親が精神安定の支柱だったと考える。そのどちらも失ったとあれば、人生に絶望して終末を信じ込むのも理解できる。

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